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2010.07.19
武蔵嵐山にカブトを追う

カメラ;
カメラ;
 PENTAX K10D

レンズ;
 PENTAX DFA 100mm MACRO F2.8
 PENTAX DA 50−200mm ED F4−5.6
 TAMRON SP 17−50mm AL F2.8

 (画像添付時に約70%程度に圧縮)

 先日、武蔵嵐山へのポタリング(2010,07.17 「荒川から武蔵嵐山へ 比企丘陵サイクリングロード:中世の城館跡を訪ねる」)を行った。目的地の源氏の英雄「畠山重忠(はたけやま しげただ)」の居館だった「菅谷館跡」は鬱蒼とした樹木が立ち並んだ、雰囲気のある森だった。鎌倉御家人の本拠地に相応しく、近くには鎌倉古道が通っていた。

 街道はすでに消滅していて道を辿って鎌倉へ向かうことはできないが、たとえばこの場所のように道のごく一部が今の世にひっそりと残されている。遥かな昔、一族郎党を従えて多くの武士が鎌倉へ馳せ向かったのか、とこの細い道に立って思うと、歴史好きの身としては感慨深いものがある。

武蔵嵐山 菅谷館跡の森
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 居館跡といっても当時の館が残っていたり、御殿の遺構が保存されている訳ではない。そこには郭を囲む土居や堀だけが残っている状態だ。

 三の丸や二の丸、無論、本丸の御殿だった場所も含めて、今では往時を偲ぶまでもなく旺盛な夏草に覆われている。まさに、兵どもが夢の跡、という状態だ。

 居館跡は「都幾(とき)川」の河岸段丘にあり、居館跡の部分は、今では深い森になっている。往時を偲ぶ案内板が建てられた遊歩道が縦横にめぐらされた緑地公園として整備がされている。

 先日は、外郭となる部分から、さらに外縁部に続く川岸へ降りてみようと考えて、郭の土居を超えて森に入ってみたのだった。だが、降り口がとうとう見つけられなかった。その代わり見つけたのが、木に留まる人気者の昆虫の姿だったというわけだ。

菅谷館跡の森 菅谷館跡の森

 森には太い幹を持つクヌギが幾本かあって、その一本の幹に「カブトムシ」がとまっていた。大きなオスだった。それを写真に収め、帰宅後に子供に「ほら」と言って見せたのだった。

 写真を見た子供は俄然興味を示した。カブトムシは幼稚園の頃親しんだ「ムシキング」以来のお気に入りで、小さい頃から好きな虫だった。だからカブトムシとクワガタだけの図鑑や、昆虫全般の図鑑など、未だに何冊かを持っている。もう6年生なので、興奮度合いは昔ほどでは無いようだが・・・。

菅谷館跡の森(本丸御殿跡)  本丸御殿跡
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 大分以前の事になるが、家人の友人(の子供)からカブトムシを預かった事がある。

 カブとポロンという名前の付いた一組のつがい(ペア)だった。

 その後何年か経って、一昨年また、カブトムシを飼う機会があった。その水槽のような飼育ケージが今は空き家になっている。

菅谷館跡の森 山百合 菅谷館跡の森

 「採りに行こう」という事になった。

 私が虫を見たのは午後の4時頃だったので、本当はそのくらいの時間に行こうとしたが、家人の勧めで出掛けるのを朝にした。

 カブトムシは夜行性なので、朝だとすると本当は早朝(5時位)がいいのだが、あいにく自動車を停める場所が無い。森のある場所が片側2車線の国道沿いのためだ。

 だから、歴史資料館の開館時間に合わせる必要があって、10時くらいに森に着くように出掛けたのだった。
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菅谷館跡の森

 森についたときには、すでに白昼であり、気温も随分と高くなっていた。

 森の中は気温だけでなく湿度もあって、まるで蒸しかえるような状況だった。少し移動するだけで、汗が噴き出してくる。
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菅谷館跡の森 菅谷館跡の森

 こんな、昼日中に、虫がいるはずが無い。

 案の定、どの樹木にもカブトムシの姿を見出す事は出来なかった。外縁を一回り、回ってみたがどうもダメなようだ。

 今回は川岸への降り口が見つかったので、河原側へも降りてみた。都幾川はこのあたりでは清流で、川岸は丸い石で覆われている。「嵐山」といわれるほど、あたりの風光もいい雰囲気なので、バーベキューや川遊びなど、家族や若者のグループで賑わいを見せる。

 その川岸から段丘上部までは、これも鬱蒼とした樹木に覆われている。
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 この木の状態なら、カブトムシを見つけられるかも知れない。

 この森は「オオムラサキ」の生育場所でもあって、黒い「イトトンボ」も盛んに草むらに止まっていた。

 歩いて近づくと、一斉に飛び立って、低く移動して数メートル先でまた草に止まる。そんなことを、私たちが進むにつれて幾度も繰り返してく。やがて、この黒い姿に、なんだか親しみが湧いてきた。

菅谷館跡の森 菅谷館跡の森
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 肝心のカブトムシは見かけられなかったが、「カナブン」や「カミキリムシ」などが幹に止まっていた。

 森を抜けるあたりに、一枚の看板を見つけた。この地域での「昆虫採集は禁止になっている」との掲示だった。その警告はこの場所が「オオムラサキ」の生育地で、彼女たちを保護するためのものだった。

 危ういところだった。カブトムシを見つけていたら、補虫してるところだ。

菅谷館跡の森

オオムラサキ が 幹にとまっている。
菅谷館跡の森
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菅谷館跡の森

 やはり虫は、自然の中でいるのが良い。

 短命な虫を捕って、その環境から引き剥がすのは、改めて思えば気の毒なことに違いないからだ。一人のそうした何気ない行為が、実は後に大きな結果を招く、というものだ。

 山野草と同じように写真に撮って楽しむべし、というのがムシとの付き合い方としては一番なのかも知れない。

菅谷館跡の森 菅谷館跡の森
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菅谷館跡の森

 そう思ったら、そうした事柄は子供も充分に判っていた。

 もし、自分が家族と楽しんでいるときに、こんなことになったらどう思う、と言いだしたからだ。

 「突然、途轍もなく大きなイキモノがやってきました。そして急に自分を掴んで持ち上げて、そのままどこかに持ち去ってしまいました。・・・それっきり、もう二度と家族と会う事はできませんでした。」

菅谷館跡の森 菅谷館跡の森
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菅谷館跡の森 菅谷館跡の森

 子供の話の通りであった。

 数年前の夏、道端に盛んにあるセミの抜け殻を前にして話した事(2006.08.15 「せみの抜け殻〜はっぱのフレディ (葛飾、柴又 ぶらり散歩のサイドストーリー)」)に似た話を、子供は語っていた。

 その際には以前読み聞かせた「はっぱのフレディ」の話をして、自然界での大きな命の輪(輪廻転生)ということについて聞かせた事を思い出した。

菅谷館跡の森 菅谷館跡の森
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 大きな自然の流れの中で巡る生と死の命の連鎖のこと、自分は死んでしまうがその命はそこで終わるのではなくまた次の世代へと受け継がれて行くということ、の話を夏の日に話したのだった。

 しばらく忘れていたそのことを、子供の話で思い出した。

 そうした事もあって、「採りに行こう」と誘い出した自分の浅はかさを深く反省したのだった。

菅谷館跡の森
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