2008年7月30日(水) |
大暑 ♪ドンッと鳴った花火だ、・・・ |
子供が撮った花火(ピントやブレはご愛嬌)
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随分と反省の無い日々を過ごしていた。
放っておいた訳でもなく、いつも気にはしていた訳だが、なんとなく書きそびれてしまった。
前回が3月だから、もう4ヶ月が過ぎてしまっている。まことに迂闊であった。
30日の夕方、乾いた音が連続して響いた。大宮競輪の開催を告げるのと同じ、ポン花火の音だ。
平日であるが、今日は大和田(おおわだ)公園から打ち上げられる「大宮の花火大会」であった。
私の住む「さいたま市」は、与野・浦和・大宮の3市、後に節句飾りの人形で有名な岩槻(いわつき)を加えて、合併した政令
指定都市で、合併後は旧市の地域をベースに10の行政区に分かれている。
大宮区、浦和区、岩槻区はあるが、与野駅・北与野駅・与野本町駅・南与野駅と4個もJRの駅があるにも係わらず「与野区」
は存在しない。与野の人たちは、そのあたりにあまり拘りがないのだ。
どの県も同じように、県庁所在地と同じような規模である中核の都市とは、仲が悪いようだ。
県庁を置いた際の遠い昔の経緯にもよるのだろうが、たとえば、故郷の「前橋」は「高崎」とはすこぶる仲が悪い。
犬猿の仲と言ってもいいだろう。
関東では高崎の方(上越線や信越線、上信銑鉄線などの鉄道駅として)が有名だし規模も少し大きいが、一応、群馬県の
県庁は前橋に置かれている。前橋藩のほうが数段大きかったにも関わらず「鉄道」という近代化で水をあけられた事に対して
怨嗟の思いが根強いからだ。
お互いに競い合い張り合っているところは、「浦和」と「大宮」の関係も似ていて、埼玉も群馬と同じだ。そんな状況なの
に、埼玉ではそれらが合併してしまったのだ。区こそ違うが「市」としてはひとつなのだ。
旧市の対立を引きずって、お互いに一歩も譲らない。議会が事あるごとに揉めている事が伝わる。
大宮で準備が進む「盆栽」会館の設置などもその代表的な例だ。
大宮には通称、<盆栽村>という味のある場所が残っていて、「BONNSAI」という世界に冠たる文化を発信して、地域の
経済・文化を盛り上げようという取り組みだが、浦和側から反対され続けているのだ。
話は飛ぶが、「さいたま市」にはJリーグのチームが2つある。
人気の強豪チームの「浦和レッズ」とちょっと肩を並べるには難がある「大宮アルティージャ」がそれだ。
浦和の町で、「ウィー・アー ・・・」と問い掛けると、「レッズ!」と必ず答えが返ってくる。町全体がそんな具合なのだ。
サポータの気質は多分Jリーグでトップのものであろう。
We are REDs! 熱狂的にチームを支えるすべての市民が12番目の選手なのだ。
大宮ではこうは行かない。浦和に比べると、ずっと冷静だ。そして、我が与野のポジションといえば、買い物は大宮で、
サッカーの応援はもっぱらREDsだ。
あまりこだわりは無いのだが、申し訳無いが「アルティージャ」にはもう一つ思い入れが薄い。
三市に跨って流れる荒川。川も大きいが河川敷(2008,03,09 「秋ヶ瀬への自転車散歩」)も途轍もない。その広大な河川敷
にある荒川総合運動公園のグランドを中心に、大きな花火大会が毎年開かれた。
私が埼玉に住んで以来続いていて、会場の大久保浄水場の辺りの土手は毎年人で埋まる規模だった。15000発が夜空を
飾り、<2尺玉>が豪勢に8発!も揚がった大きな大会だ。
首都圏有数の規模の大会であり、政令指定都市になって規模が大きくなるってイイな、と納得したものだ。
しかし、「三市合同花火大会」、後に「さいたま市花火大会」と続いたが、’07から行われていない。
浦和では「浦和競馬場花火大会」だし、大宮は「大和田公園の花火大会」だ。で、与野は・・・、無い。
張り合うのは結構だし、議会で反目してもいいのだが、この花火大会などが身近なよい例だろう。元々は「規模の経済」を考
えて合併したのではなかったのか。
開かれなくなった大きな大会。
それぞれの地域で持つ大きなサッカースタジアム。 いや、これは完全に民間施設で無関係だった。地域対立をそのまま
具現化したような、紛糾する文化施設の設置案などなど・・・。
「与野」的な視点に立って振り返ると、本当に合併が良かったのか?と思う。
和やかな雰囲気の与野市役所や住民に親しんでいた各地の公民館の姿勢や対応など、与野の住民サービスは非常に
充実していて、しかも応対がいつも住民寄りであり、一体感があった。
今の「中央」区役所や館員が入れ替わってしまった各地区の公民館の対応などは、なんだか大宮市役所でいつも感じて
いたような、だから多分浦和市役所でも同じであったろうと思うが、非常に官僚的な雰囲気がある。役場自体は市民のため
に存在し、役人自身もみな同じ住民であるのに、そのポジションが欠落している。
住民とは一線を引いているようで、お役所仕事です、といったよそよそしさが溢れているのだ。
さて、話は戻って、すぐ近所のショッピング・モールの屋上駐車場から見た「大和田の花火」だ。風も無く、遮る物も無い
晴れた空に、くっきりと非常に良く見えた。
家人が用意してくれたイカ焼きや枝豆、モールで買った飲み物で、夏の夜空に煌く花火を楽しんだ。遠目に望むその花火は
美しかったが、なんだか迫力が無く、花火大会としての楽しさは少ないものだ。
一度大きく膨らませたのに、また元の木阿弥となった大会は、いまひとつ盛り上がりに欠けるものだった。
子供が撮った花火(ピントやブレはご愛嬌)
子供は今、月や稲妻の写真など「暗闇に光るものの撮影」に夢中で、いろいろと挑戦中だ。 |
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