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2013.10.15-18
台北で楽しんだ、「本日の旨いモノ」
旅程;2013年10月15日より 3泊4日間
滞在地;
台北 のうち 淡水、中山、大龍街、士林
カメラ;
RICOH
CAPLIO GX100
(画像添付時に約20%に圧縮)
PENTAX
K7
レンズ;
PENTAX
FA20−35mm F4.0 AL
PENTAX
DA50−200mm F4.0 ED
PENTAX FA50mm F2.8 マクロ
改めて台北で味わった美味しいモノをまとめてみた。
台湾の「旨いもの」は何だろう、と考えてみたのだが、やはり誰もが「屋台料理」と答えるに違いなかろう。
台北は大都会であるから、夜市が開かれる時間まで待って、おもむろに屋台が並ぶ夜市の商圏まで出向いていく必要はまるで無い。小奇麗な簡易食堂がいくつもあって、屋台店の雰囲気が味わえる。日中の街中では「小皿料理」を中心にした本格的なものでも、簡易食堂で出される一品物でも、安価に美味しいものを楽しめる環境が充分に整っている。
きちんとした中華料理については、私などがここで改めて言うまでもないので、なんらかの感想を語るべくもない。割愛するというより書き様がないので失礼させて頂くしかないだろう。だから話題の中心は、廉価で楽しめるモノ、という事になってくる。
今書いたような市中にある気取らない一品モノが、どうしてなかなか侮れない良さがある。台北の素敵なところはまさにそこだと思うが、どうだろうか。
淡水から
河口方向を望む。
美しく幻のように
対岸に浮かぶ
都市の様子。
煌く川面が眩しく、
思わずくしゃみが出そうになってしまう。
< 正統な「中華」を引き継ぐ人々 >
話の方向は少し変わるのだが、皆さんも共に考えてみて欲しい。
「故旧博物院」を見ればハッキリと判るのだが、台湾の人々こそが正統派の「中華」継承者といえるのではなかろうか、と私は予てから思っている。 例えば「文化」の一翼を庶民の側から担う「料理」に関しても、同様の事が言えるだろう、と思っているがどうだろうか。
台湾のうちでも「台北」のような都会にいれば、福建料理や四川料理、あるいは広東料理や北京料理にしてもだろうが、いくつかの大きな流れの中華料理はすべて揃っていて、好きな部類を選んで楽しめる。しかもそのどれもが抜き差しならない一級品だから、値段さえ考えなければ真髄を存分に楽しむ事が出来よう。
だから、そういった美食を求めてしまうと、大変な事態に陥ってしまうに違いない。ここ一番の「美味しいモノ」を味わおうと思ったら、もう胃も、懐も、際限が無い深い世界に突入してしまうからだ。
このように書くと、いかにも食通を気取っているようだが、私自身はいわゆる「美食家」とは程遠い存在だ。
むしろまったくその逆であり、グルメ側とは対極にいる人種といえる。そこで今回は、大好きな「台北の街」で出会った、飛び切り安くて、しかも「旨いモノ」に関してを取りまとめてみようと考えたのだ。
つまり、値段に関係なく手を抜いていない料理、お手軽な料理なのだが、素晴らしい手練の技で調理された、廉価で旨いモノのいくつかをご紹介しようと思う。
< 「小吃(しょうきつ)」料理を求めて ― 小皿料理、屋台料理 ― >
誰もが納得できるお安い予算のなかで、持てる技のすべてを注ぎ込んで、精一杯の料理を作る。持てる力や汗を出し惜しんだりせず、一生懸命になって調理する。
そうした「プロ意識」と「料理人としての高い見識」に、台北市中の食堂へ行けば誰もが手軽に触れることができる、といえよう。 変な話だが、世間相場よりも数段お手頃の価格で、しかもまたとない美味しいものが、市内随所には溢れていた。
やはり料理といったものにはそうした特性があって、また、そうでないと駄目だろう。
まず、第一に誰もが納得できる対価でもって供されるべきこと。そして第二に、食してみれば想像より頭ひとつ分だけ抜けた素晴らしい味のもの。さらに第三に、後を引いて、また食べたいなと食べた直後から思えてしまうもの。
出された料理をまた食べたくなるには、今書いたような状況が揃うことが必要だ。上に挙げた理由や要素があるからこそ、その料理が忘れられない「本日の旨いモノ」として成立するのだろう。
淡水
馬偕街(マッケイがい)手前の 「肉包」
まるで修理工場というか、何かの工場のような趣を持った店。
店内にテーブルは置かれて無いので、多分配達が主流。さらには、近所の主婦などが買い出しに来るのかも知れない。
観光化されたところなど、微塵も無い。
まさに地元密着の良心的な店といえる。
台北市中の彼処で、安く楽しめてしかも旨いもの、誰もが目が無かろうと思われる庶民の味、そういう料理に主眼を置いて「食」を求めてみた。
さてそこで台湾の特色が表現された料理についてだが、なんと言っても「小吃(しょうきつ)」と呼ばれる「小皿料理」が<台湾料理(中華料理ではない)>の主体をなしており、多くの料理の最右翼となるものだろう。そうなると、自ずから私の目標は定まってくる。
庶民の人気を集めて日々彼らの胃袋を満たしているのが「屋台料理」であり、市中の路上で手軽に差し出される料理物の数々ではなかろうか。「小皿料理、屋台料理」の中でもなかなか油断ならないのが、街路に面して調理台を出して簡素な店内や路上にテーブルや丸椅子を並べた簡易店舗の気合の入った品物だ、と思う。
そこで供される簡単な料理が、実は抜群の味わいを秘めたものなのだった。
そうした料理のひとつひとつを、たとえば初日に訪れた郊外の街「淡水(ダンシュイ)」で食べたものから紹介してみようか。
< 馬偕街(マッケイがい)手前の 「肉包」 (淡水) >
まずは馬偕街へと続く坂道の手前で見つけた「肉包」のお店で、この店ではいろいろな「肉まん」を扱っていた。正確に言うと「中正路」沿いで「新生街」という街区に、その店はある。
ルート販売(配達)が主な販路の様だったが、店頭に保温ケースがあって、その場で購入して、出来立ての物件を食べる事が出来た。どういった内容だろうかと、最初はお試しであるから一つだけ買ってみた。だが、それはあまりにも美味し過ぎた。そこで私は道を戻って、さらに二つの肉包をお願いしたのだった。
素晴らしいボリュームで詰められた中華味の豚肉だけではなく、野菜もふんだんに包み込まれていた。満州餃子のような、弾力を秘めた皮を味わいつつ、熱々の饅頭をかじるとジワリと旨味が広がって、八角の香りがほんのりと付けられた素晴らしい具の味わいが伝わってくる。
肉はミンチ状というか、そぼろ状というか、でも歯応えのあるものだった。お値段は僅かに15NT、という破格なもの。
醤油に辛子を少し付けて味わうのも良かろうし、そのまま食べても充分にイケる。これなら毎日食べても飽きないだろうな、と思われるような、何ともいえない素晴らしい味わいの逸品だった。
三民街(さんみんがい)近くの
「炭銭」という店。
名物は 「胡椒餅」という。
< 「胡椒餅」 ;三民街近く (淡水)>
中正路を進んでいくと三民街という場所で街路が交差して古老街と馬偕街とが交わる。
通りに沿って多くの店が並んでいるが、街の角に現れるのが名物「胡椒餅」を扱う店の「炭銭」だ。
これは銀河夜市の名物で、有名な福州料理のひとつ。揚げパンのようになったパンをかまどに貼り付けて高温で焼き上げるといったもの。中には肉団子のような肉がいっぱいに詰められている。
中正路(古老街) 「阿香蝦捲」店の 「蝦串」
実に美味しい、ニンニクのたまり醤油
< 「阿香蝦捲」店の 「蝦串」 ;中正路(公民街 淡水) >
公民街(中正路上)は繁華な通りで、昼の間ならば、淡水きっての賑わいを見せている。(黄金水岸から一つ入った横の通りで夜市が開かれるので、夕方からはそちらに多くの人が集まる)
駅側から言うと佑天宮の手前にあるのがご当地名物の「蝦串」の店「阿香蝦捲」。
これは海老を3匹、串揚げにしたもので、2種類の独特のたれがある。私が付けたのは「ニンニクのたまり醤油」。好きなだけ刷毛で塗って、噛り付くというもの。ひと串で20NT。名物なので、少し高い値段が設定されている。しかし、先ほどの肉包みは15NTなので、その比較でのお話。台北基準を無視すれば、充分に廉価といえる。
中身はしば海老だろうか、かなりしっかりとした歯応えがある。から揚げされた外包みはパリパリの仕上げだが、見た目ほど油は強くない。
中正路(公民街)の
「蝦串」
「阿香蝦捲」店は歩道に面して、油を満たした鍋をおき、親父さんがそこで次々に注文をさばいている。
捌くそばから新しい客が並んでしまうので、結局店の前には、いつもちょっとした行列が出来てしまうようだ。道に面して客足を図りながら料理を続けて来た親父さんは、まさにその道のプロである。観察していると、どうやらりその行列を計算に入れて揚げている節もあるから、なかなかに油断がならない。
私が買った時には、運よく丁度その切れ目であった。僅か3人しか揚げ上がりを待っていない状態だったので、直ぐに買って食べる事が出来た。
「阿香蝦捲」店の
「蝦串」
さて、それではここで確認の意味を込めて、台北市を南北に縦貫する鉄道路の「淡水線」を中心に据えた、今回の旅の目的地をまとめておこう。
朝〜午前
正午〜午後 (〜15:00)
午後〜夕刻 (〜18:00)
夜 18:00〜
一日目
成田国際空港
桃園国際空港
淡水站;淡水老街
北投温泉
二日目
新北投站;北投公園
東門站;永康街、森林公園
中山站;南京東路
寧夏路夜市
三日目
圓山站;孔子廟
台北車站 - 士林站;士林官邸
台大醫院站;台大病院
遼寧街夜市
四日目
台
大醫院站;ニニ八公
園
中山站;南京東
路
桃園国際空港
成田国際空港
・台北の旅景色
今回の旅行、1日目の様子は
・
のんびり 行こうよ: < 2013.10.15; 淡水 ;「嬉しい出会い」 >
2日目の様子は
・
のんびり 行こうよ: < 2013.10.16; 午前; 北投 「力強い心」 >
・
のんびり 行こうよ: < 2013.10.16; 午後; 永康街 「優しさの中身」 >
3日目の様子は
・
のんびり 行こうよ: < 2013.10.17; 午前; 圓山 「敬虔な祈りの姿」 >
・
のんびり 行こうよ: < 2013.10.17; 昼; 中山 「食を知れば・・・」 >
・
のんびり 行こうよ: < 2013.10.17; 午後; 士林 「旨いもの、みつけた」 >
4日目の様子は
・
のんびり 行こうよ: < 2013.10.18; 午前;
台大醫院 「麗しの島」
>
・台北でのスケッチ
・
のんびり 行こうよ: <旅行でのスケッチ;台湾旅行でのスケッチ その2>
淡水 「古老街」の様子
淡水 「古老街」の老店(老舗)、「魚丸」専門店
淡水 「古老街」の老店(老舗)、「魚丸」専門店
< 「魚丸」 ;中正路(古老街 淡水) >
中正路から、淡水川の岸辺の通り(環河道路)へ抜ける古い通り「淡水老街」に、有名な老舗がある。
「魚丸湯」の専門店がそれだ。この店では4名ほどのおばちゃんが調理をしながら客を捌いている。創業して45年という老舗。
店の厨房を囲んでカウンターがあり、またその横には小さなテーブルが置かれていて、そこで注文して食べる形だ。まるで、一杯飲みやさんのような気持ちに陥るが、一応、店内に腰掛けて食することが出来る店だ。
魚丸湯は、白身の魚のつみれを浮かべた「すまし汁」で、透明なスープには出汁味といっても良いような独特のコクがある。つみれの周辺は魚のすり身なのだが、その中心は肉団子になっている。中の豚肉がほのかに香り、つみれから出た出汁が良く効いたコクのアルスープ。一杯35NTは決して高くは無い。(勿論、日本円で換算すれば100円程度なので、高いも何もナイのだが・・・。)
< 「超高霜淇淋」 ;黄金水岸(環河道路 淡水) >
淡水川の岸辺に続く遊歩道では、様々な店が軒を連ねている。そんなこの通りで、特に人気が高いのはソフトクリームの店ではなかろうか。
巻かれたクリームの状態は普通のものではなく、その渦はどこまでも盛り上げられている。性格にその長さを計測したわけではないので定かではないが、ペーパー・コーンの底から頂点まで、およそ30cmほども高さがあるように思える。
昔話で恐縮なのだが、私の子供の頃の事を思い出してみよう。
当時の生活では、「パフェ」や「ソフト・クリーム」などといったモノはは、日常のものではなく、極めて貴重な物件であった。それはいつでも、いわば飛びっきりの「ご褒美の品物」であり、「努力の成果としての結晶」であった。だから滅多なことでは、食べさせてもらえなかった。旅行のヒトコマを彩るモノであったり、家族一丸で臨む遊園地での行楽であったり、ここ一番のデパートでの買い物、あるいは街を挙げての縁日、運動会での活躍の顕彰などといった、日常生活からかなり離れた「ハレの日」を象徴するまたとない物件だったのだ。
今のご時世だから「100円マック」などで気軽に、小学生のお小遣いでもいとも簡単に食べられるが、その昔はそうではなかった。まさにそれは「襟を正して」といった高揚した気分や臨場感が伴ったものだった。
たとえば、淡水河の大きな流れの前に佇んで、きらめく川面を眺めながら、午後のひと時を過ごす。川風が遊歩道まで時折伝わってくるが、日差しはひときわ眩しくて、未だに昼の暑さを留めている。そんな中で食べるこのソフトクリームは、一服の清涼剤といえよう。
どれにしようかと迷っていたら、「マンゴー味が美味しくてお勧めよ」と店のおばちゃんが言っていた。
黄金水岸(淡水 環河道路)の売店で食べる
「超高霜淇淋」(超高に盛りあげたソフトクリーム)
マンゴー+バニラ味、抹茶入り味の2種類がある。
さらにそれらのミックス(綜合)式も
「曹家涼麺(南京東路)」店
< 「曹家涼麺(南京東路)」店 の 「麻醤温麺」 ;中山>
「涼麺」という食べ物は、要するにスープに浸かっていないラーメンといったものだろう。
「ざるラーメン」や「冷やし中華」でもなく、はたまた「冷麺」などともちょっと違っていて、麺は冷やされていない状態である。かといって熱々の状態でもない。いわば麺も具材も、つまりは常温の状態であるから、最初にこの麺を体験した際は少し驚くに違いない。
胡麻だれの「涼麺」、その見かけは我らが「冷やし中華」のようである。しかし実のところ、「涼麺」とかかれたメニューの品物は注文しなかった。
私が知り合いになって、連日、その冷麺屋さんを訪れて食べていたのは、涼麺ではなく、同じくメニューに並んでいた「温麺」のほうだった。
その昔 ― その出遭いはもう20年近く前のことになる ― 金沢で食べた「油麺」に似ている物件で、随分と気に入ってしまった。
「曹家涼麺(南京東路)」店 の「麻醤温麺」
「曹家涼麺(南京東路)」店 の「魚丸湯」
寧夏街夜市に並ぶ<BR> 屋台店
< 夜市にて >
「寧夏街夜市」へは、馴染みとなった「曹家涼麺」店(中山)の旦那さんと女将さんに薦められて行ったのだった。
「そこでは台北で一番美味しいものが食べられる場所、しかも安価に」というのが、その時の二人の台詞だった。それを聞いた私は、「鼎泰豊より、ずっと美味しい」という女将さんの評論の言葉を含めて、実はまだまだ半信半疑にしか、過ぎなかった。
でも、そこで出会った食べ物はまさに二人の言葉の通りであった。「嘘」も「偽り」もそこには無く、誤魔化している気配さえもない状態だった。だからそれは、本当に美味しさ溢れる夜市という事に他ならないものだった。そして「寧夏街夜市」は新たな好印象を私に残してくれたのだった。
前回の台湾旅行では有名な「銀河街観光夜市」と「士林観光夜市」とを味わった。例えば「銀河街観光夜市」では臭豆腐の香りが満載であり、ちょっと慣れるには難渋したのだったが、寧夏街の夜市は実に快適な状態であった。
夜市の商圏では、臭豆腐を扱う店は無く、少しも匂いは気にならなかった。
ソーセージというより「腸詰」と呼ぶほうがシックリ。
< 「○(虫篇に可)仔煎(カイクーシェン)」 ;寧夏街夜市 >
地元の人達で込み合う夜市は、台北っ子の胃袋を満たす、まさに台所の役割をきちんと果しているといっても良かろう。
その夜市の売り物は「○(虫篇に可)仔煎(カイクーシェン)」という名前の一種のオムレツであろう。材料として主要な位置を占めている「牡蠣」は日本では手軽ではなくて、どちらかと言えば構えて食べる部類の食材だろう。旬ともなれば、牡蠣フライや牡蠣鍋が店に並ぶが、それでも「安い!」といえるものではなかろう。
でも、台北は海が近く、海産物は豊富に市場に出回っている。この状況を大いに活かそう、というのが今回の背景だ。BGMカテゴリの投入判定ミスや、今陥っている判断ミスなど、反省内容から盛り上げた内容となって、今ではすっかり第三者の技術要素として備わった資産に関わっている状況だ。
東京には近郊に野菜の供給地があるが、台北ではむしろ野菜(葱や青菜類)や果実(リンゴや柿)のほうが高価な食材であろう。
でも東京でいう近郊野菜(例えば千葉や埼玉産のネギなど)のような手軽さで、小粒の牡蠣が楽しめるのだから、実に羨ましくなってしまう。
入れ込む気合、尋常ならず・・・。
まるで、ひとつの芸事を観ている様で、
思わず暫くの間、彼の技に見惚れてしまった。
調理人魂が噴火中となっている。大鍋と格闘中の店。
こちらは、至って静かな様子のお店。
混んでなければ前の気合炸裂の店が良かったが、
美味であった。
私が入った店の
「○(虫篇に可)仔煎(カイクーシェン)」
新鮮な小粒の牡蠣をふんだんに放り込んで、玉子でとじてオムレツ状に調理する。
中には玉ねぎや長ネギが刻まれて入っている。これに、天津飯の餡のような、とろとろのペースト状のあんを塗る。それに、赤い彩りのケチャップのような調味料もひと塗りされる。
料理というより、おやつと呼んだほうがその雰囲気が伝わるかも知れない。
寧夏街夜市、夜市の街路入口に近い料理店に入って、
「魯肉飯(ルーロウファン)」
を試す。
「曹家涼麺」店 (南京東路)の 女将さん
「曹家涼麺」店 (南京東路)の 「炸醤温麺」
< 「曹家涼麺(南京東路)」店 の 「炸醤温麺」 ;中山地区>
麻醤温麺、炸醤温麺はその店、「曹家涼麺」の人気メニュー。双璧ともいえるものだが、さらに両方を一度に楽しめるメニューも用意されていた。最終日に食べた「双醤温麺」というのもだ。
胡麻の香りが高く、肉そぼろの具を備えた醤(じゃん)が、麺の上に掛けられる。醤はちょっとピリっとするもので、そのコクが何ともいえない味を醸し出していた。胡麻の風味と言い、コクのある醤の味わいといい、さらにしゃっきりとしたもやしといい、3日間、毎日食べても飽きることがないものだった。
曹家涼麺の
味噌湯
< 遼寧路夜市 での収穫物 85℃ の コーヒーとケーキ>
夜市へは勇んで出掛けて行ったのだが、その商圏が案外にホテルから遠くにあった。
遼寧路夜市は小さなもので、なにせ曽家涼麺の旦那さんや女将さんといった地元の人さえ知らないほどの規模。以前の旅行で偶然に辿りついた場所であった。
通りから入った区画にあって、しかも看板やゲートといった目印が無いのだ。捜し歩いて迷っているうちにすっかりと時間が遅くなってしまった。
結局、何の店にも入らずじまいで、すこし散歩しただけになってしまった。仕方ないので、帰ってホテルの近くで食べようと決め、戻るる事にした。そうしたしょんぼりとした帰り道で見つけたのが「85℃」。以前も食べて美味しかった記憶があったので、ふたつのチョコ系のケーキを購入した。
コーヒーと共にホテルに持ち帰って、夜中のコーヒーブレイクを楽しんだ。
生活感あるホテルの裏通り
(南京東路を入った路地は酷く賑やかな通りだ。バーや海鮮料理の食堂街がひしめく)
85℃(ドトールのようなコーヒーチェーン)の
チョコレートケーキ
「邱記10元○○:石偏に炭の字、火偏に考の字」店の焼き鳥
夜中のブレイクは、コーヒーとチョコレート・ケーキだけではなく、プラス・アルファの品物もあった。
上の写真の鶏は、昨晩の「寧夏街夜市」で買い求めたもの。そして煮玉子はホテル裏のコンビニで買ったものだ。
・・・この日の夜。 少し、軽めの食事になった。
コンビニへ行けば、
どの店でも置いてある
台北のソウルフード
煮玉子
烏龍茶と
香りの高い八角を使ってじっくりと炊いたもの。
大龍街(圓山)の路上屋台の 「炸蛋餅」
< 屋台の 「炸蛋餅」 ;大龍街(圓山) >
それはまるで、もんじゃ焼きの様な感じのする生地に包まれたそこはかとない食べ物。
「もんじゃ」と書いたが、甘辛いタレが掛けられているところは、お好み焼きの様でもある。「煎」という文字が示すような「焼いて固まった状態」ではなく、むしろやんわりとした食感を楽しむものだ。具である小粒の牡蠣にしても、それを取り巻く玉子にしても、熱々の状態に焼かれてはいるが、そこに硬さはない。
柔らかいので箸を使って取り分けるのは難しい。口に入れた途端に牡蠣のしっとりとした味わいが、ふわりと広がる。食材の新鮮さが売り物であり、同じものを日本で作ろうとしても、こうはなるまい。
大龍街(圓山 孔子廟の手前)で見つけた旨いもの
「炸蛋餅」
大龍街
(圓山 孔子廟手前)の
老舗屋台店でだされる
「炸蛋餅」
アツアツ状態なので、直ぐにガブリとやると火傷するので要注意。
安くて美味しい鍋貼餃子のチェーン店 「八方雲集」
通路にテーブルが置かれてオープンテラス状態・・・。
< 「八方雲集」店 の 「鍋貼餃子」と「酸辣湯」 ;大龍街(圓山) >
先に紹介した串揚げの海老にしてもそうだ。こうしたところは台湾という島国のアドバンテージが大きいと思われる。
食材の流通や加工技術は日本の方が数段進んでいようが、海産物を主軸に据えた食材の豊穣さで比較されたら、とても敵うまい。四囲が海という環境ならではの事だろう。
掛ける手間数からすれば驚くほどの廉価で提供しているこうした多くの料理は、どれも一見すると質素な見掛けを持っている。
台北には餃子のファーストフォード店があって、そこは大のお気に入りの店。繁華街や食堂の並ぶ通りには、必ずあるような気がする。一帯、何店舗程が展開しているのか。この店の一店に以前のたびで出会って、すっかりその虜になったのだった。日本では「紅虎餃子館」が同じ形態の鍋貼餃子を食べさせてくれる。
「八方雲集」店 の 「鍋貼餃子」
こちらは店内、店頭?(通路上・・)ではなく、
「持ち帰り」でお願いしたもの。
「八方雲集」店 の 「酸辣湯」
「曹家涼麺」店 (南京東路)の 旦那さん
「曹家涼麺」店 (南京東路)の 「双醤温麺」
安価であるし、外見もパッとはしないのだが、にも係らずどの品物も途轍もなく豊かな味わいを持っていた。
いつでも営業しているスーパーが近くにあるが、その売り場に占める生鮮食料品のコーナーは僅かなものだ。
大きなスペースをとっている陳列棚を占めているは、レトルトやカップ麺や袋麺を初めとしたインスタントの食品、或いは種類の揃った調味料など。旬や季節に係らずに並んだ魚や野菜類といった豊富な物質に囲まれた生活は、便利この上ないが、その一方でもっと大切にすべきものを見失っているように思えてくる。
塩や醤油や僅かな香辛料だけで調理されたものなのに、何ともいえないものが残る。それは材料の新鮮さが生きているからだろう。
綺麗にパック詰めにされて並べられた食材よりも、笊にガシガシと入れられた材料の方が、余程豊かに思えてくる。
こうした事こそが、生きて いく上での潤いであり、豊かさに繋がるものではなかろうか。
「曹家涼麺」店(南京東路)の「総合湯(魚丸入り)」
< 「生煎饅頭(ションジエン マントウ)」を試す 原上海生煎包(ユアン シャンハイ シェンジャンバオ)店 >
種類は二つ。「高麗」と「鮮肉」の煎包(包子)だ。それぞれ同額の12NT(約30円!!)であり、そうたいとして台湾の物価は安いので助かるがこれには流石に驚いた。
新鮮な具材を肉まんの生地のような厚めの皮で包んで詰めて、強く焼き上げたもの。
「高麗菜包」はたっぷりのキャベツと旨味溢れる椎茸が入っているもの。そして「鮮肉包」の方は豚肉であり、こちらは肉まんと同様のものだった。
大きな平鍋で作られ、「鍋貼餃子」を焼き上げるのと同じ状態であった。料理人がそれに取り付いて一心不乱に次々に焼き上げていく。
後日Web上で検索して調べてみたら、有名な人気店だった。店の名前からすると、発祥地(原)が上海である食べ物(生煎包)、という意味なのだろう。
「原上海生煎包」店(士林)
< 台湾料理 を 考える >
ところで、食全般に関しての感想とすれば、大陸にあってはそれぞれ独立した地域にその道の権威者(正統を名乗る料理人)が居るに違い無かろうが、日本や台湾のように列島であったり島であったりする場合は、ちょっと様相が違ってこよう。
広大な大陸の国家と矮小な島国とでは、事情が大きく異なると思うからだ。
集積効果とでも表現すべき、ぎゅっと濃縮された力が作用して、それぞれのエッセンスが固まって、いい具合に熟成されるのでは、と思う。大きな流れや小さな流れが一所に集まってこその、新しいものへの変化が現れるに違いない。
たとえば、遥かな昔。シルクロードを伝わった文化や産物が、奈良の都で凝縮された。ペルシアの刺繍模様やじゅうたんなどの織物、ローマの建築様式であるエンタシスの構造、ガンダーラの仏 教美術や文物など、何やら多彩なものが、伝わり集まって、ギュッと纏まった。
その求心力が強力なほど、集積は密度を増して、別の形態へと変化していった。そうやって島国だからこそ、花開いた終着点が飛鳥やそれを引き継ぐ天平文化であった。
「原上海生煎包」店(士林)の
「生煎饅頭(ションジエン マントウ)」
長い例え話になったが、つまりは料理が文化を担うものであればこそ、同じような劇的な変化を遂げたはずだ。
和食はそうした背景で、独自性を増したのだろうし、台湾料理も独自の境地を開いたのだ。厳密に考えれば、中華料理と台湾料理は実は異なっているが・・・。
私は、台湾の料理や味付け、その日本的とも言える優しさが好みであった。確かに福建省を発祥とした屋台ものには旨いものが多いが、地元料理の数々は、それを大きく引き離すように感じられる。
食、ここに極まれリ、などといいたいところだが、広大無限の入り口に立って、ほんの少しその中に足を踏み入れたところ、そんな小さな経験でも、そこで味わった様々なものは深い印象を残し、今でもその味を思い浮かべることが出来る。
なんとも、深遠な歴史を秘めた、やはり伝統文化の産物、としか言いようの無いモノ。それが台北の旨いものの正体であった。
「原上海生煎包」店(士林)
の
「生煎饅頭
(ションジエン マントウ)」
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